【ちいさい秋の話】(SV)

「和秋くん連れてらっしゃいって言ってるでしょう――」
子供染みた仕草で――と言うよりも、そのまま子供のように頬を膨らませて見せる女は、自分を産んだいわゆる母親だ。雄高は母親に向かって顔を顰めると、それでも無言を貫き通した。
「高校生の一人暮らしなんてまともなもの食べれてないに決まってるんだから。連れてらっしゃい」
それがそうでもないんだが――変わらず無言で、しかし雄高は胸の中でだけそう返す。幼い時から料理してきているだけあって和秋の料理の腕前は中々のものだったし、それでなくても彼は頻繁に雄高のマンションに出入りしている。仕事が忙しいときを除いては、自分がきちんと料理を振る舞ってやっているのだ。母の手を煩わせる理由もない。
「何を嫌がってるのかは知らないけど。由成君も恭ちゃんも最近は全然来てくれないし。前はおばさん何か食べさせてくれって自分から来てくれてたくらいなのに――」
「千種は?」
母親の声が憂いを帯び、話が長くなることを予感した雄高は、強引に話を切り換える。口にした名前は、二番目の弟のものだ。大学進学と同時に一人立ちした兄たちと違い、千草はまだ実家で暮らしている。兄弟一ののんびり屋だ。
「まだ寝てるのか。見かけないが」
「今日は和秋くんと遊ぶって言って出てったわよ」
「――和秋と?」
「ええ。最近けっこう一緒に遊んでるみたいよ。千種にも和秋くんを連れてらっしゃいって言ってるのに、あの子も人の話を聞かないから」
また話が戻ってしまった。
同じことを繰り返す母親の言葉にややうんざりしながら、雄高は適当に相槌を返した。千種と和秋の歳は近い。確かに遊ぶには問題ない年齢差だろう。進学関係で相談があると言っていたのは、千種だったか。
「……相談相手には向かないと思ってたんだが」
「なあに?」
「いや、なんでもない――」
意外だ。和秋は人見知りが激しいタイプだと雄高は思っている。その和秋が自分の弟に懐くのは予想外のことだ。
雄高にしてみれば頼りなく見える千種でも。
――自分よりは、相談し易い相手だと言うことか。
知らず雄高は苦笑を漏らした。それはそうだ。自分が大学に進学したのなんて遥か昔の話だし、昔と今は事情が違う。相談に向かないのは自分の方だ。
自分の心情をそのまま母親が口にする。
「千種は反抗期もなくスクスク育ってくれて。ちょっと前までお友達もみんなウチに連れてきてたのに。最近は出かけて遊ぶことの方が多くなっちゃって。雄高からも何か言って頂戴」
母親が言って聞かないのに兄が言ったところでどうなる。そうは思ったものの、雄高は笑いながら頷いた。
「無駄だと思うが言うだけ言っておくよ。――そろそろ帰る」
「もう帰るの? お疲れ様。今日のお礼ね」
母親は予め用意しておいた封筒を渡した。自分が働いた分に相応する金銭だとわかっていても、母親から直接手渡されるとなると小遣いを貰っているような奇妙な気分になる。
母は、唐突に首を傾げた。
「和秋くん、タケノコとか松茸は好きかしら?」
「タケ――何?」
「タケノコと松茸をね、崇叔父様が送ってくださったのよ。でも父さん母さんと千種だけじゃ食べ切れないから。あとで雅也にもあげようと思ってるんだけど、それでもまだ余っちゃうから良かったら持って帰って頂戴」
タケノコはともかく、松茸とはまた豪勢だ。崇叔父、というのは幾つか山を所有している、父親の弟のことで、四季に相応しい農作物を惜しみなく送ってくれる便利な――親切な親戚だ。それにしても松茸を余るほど送ってくるとは、太っ腹なところのある叔父らしい。
「好きかどうかは知らないが一応持って帰って食わせる。ありがとう」
よかった、と母はおっとりと微笑んで、ちょっと待ってねと言い残すと台所へ消えて行った。再び戻って来た彼女の手には、
「……母さん」
「なあに」
「俺の目がおかしくなっていないんだったら――それは、栗と芋じゃないか?」
「だって叔父様、他にも色々と送ってくださったんだもの。良いじゃない、今日は栗ご飯明日は芋ご飯で」
「……それで、明後日は松茸ご飯か?」
タケノコや松茸以外の秋の食物が山と言うほどビニールに詰められていた。

ちいさい秋や。テーブルに散らばった芋だの栗だのタケノコだのを眺めて、和秋は呆れたように呟いた。
「ここだけ秋一色やな。……キノコ狩りのついでに芋掘りと栗拾いにでも行ったんかい」
「そんな暇があるか馬鹿。今日おふくろに持って帰らされたんだよ。おまえにも食わせろ、だとよ」
「いやええけど。好きやけど。タケノコも栗も芋も松茸も。いや松茸好きいうほど食ったことあらへんけど。――にしても、今日はえらい消化が良くなりそうやな」
「松茸ご飯と栗ご飯と芋ご飯、どれが一番食いたい?」
「――ま、松茸?」
恐々と返した和秋の声に雄高は笑って了解、と頷いた。先にタケノコと松茸を片付けることにしよう。これだけの量があれば吸物も作れる。秋三昧だ。
見れば和秋もどことなく楽しげな顔付きで、芋やら栗やらを転がして遊んでいた。そういえば徐々に忙しくなっていく生活の中で、最近はのんびり季節を感じることなど皆無に等しくなっている。ささやかに秋を楽しむ機会を与えてくれた叔父に、少し感謝した。
「――今度行くか? 芋掘り」
「これ以上芋増やしてどうすんねん」
和秋は見るからに顔を顰め、厭そうに言った。でも、と小さな声で続ける。
「――紅葉狩りやったら、付き合ったってもええけど」
遠慮がちに続けられた言葉に、思わず雄高は笑った。相変わらず素直じゃない。
「……判った判った、連れてってやる」
紅葉狩りに最適な場所なら幾つか知っている。そう遠出せずとも充分に楽しめる場所ばかりだ。
「今度の日曜日空けとけよ。千種なんかと遊ばないで」
「……知っとったんかい」
拗ねたように唇を尖らせる表情に、雄高はまた少しだけ笑う。自分の行動を悉く知られていることが、彼には不満らしい。仕方ない、知るつもりはなくても耳に入ってきてしまうのだ。
本当に知りたいことはひとつも知ることが出来ないのに。
「弁当持ってくか」
「……冗談やろ?」
「さあな」
他愛ない会話を交わす。秋が来て冬が来て春が来て。
変わらずに巡る季節のどれかに、もしもあなたがいなければ。
それはどれほど寂しいことだろうと、ほんの少し苦い気持ちを殺して雄高は笑った。

 

 

03年11月焼却炉入り

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